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きょうもいいてんきっ♪♪♪

日々の想いを此処に。…これがわたしこれもワタシ想いを感情を書き綴っています …なるたけ前向きに 笑 ちなみに此処はR-18デスハイそこのお子ちゃま回れ右ッ!

あの日。 …回想。 



《 3.11 》あの日、わたしは

起きがけのまま 過去記事の間借りブログ《 2ちゃん生活!》で書き込みをしていました。記事をUP し終わって、お茶を淹れて。


その時。


カップの縁がユラリ。…カラダもフワフワ。…はじめは発作かな?と思っていた。
その直後、東北地方で強い地震が発生したとの放送。
しばらくしてまた揺れを感じて。

ただ事ではないと普段つけないテレビをつけた。
各チャンネルは地震のため緊急放送。 錯綜するメディア。

時おり繰り返す地震。

震源地は東北地方の海上沖。わたしのいる此処からはかなりの距離。
なのにこの揺れ。


…イヤな予感。 背中が落ち着かない。

暫くしてSさんから電話が。『 お前のお袋さんの実家、大丈夫なのか?』 と。
かあさまに電話を入れる。…だけど繋がらない。たぶんかあさまも電話をかけているんだと。



こんなとき、携帯電話よりは固定電話のほうが繋がりやすい。だけど広範囲な地震、繋がるまで時間がかかるだろうと此処は落ち着いて、こちらから電話をかけることは止めたんだ。



テレビは変わらず地震関係の報道。 そのうちに現場からの映像が繋がりはじめて。
建物の崩壊が意外と少ないなと思いながらテレビの映像を眼で追う。


しばらくして。

ヘリコプターからの映像、海上の沖に波が映る。海岸線、潮が引いているのがわかった。
『…津波、だ』。 その現象を理解はしても。
その時のわたしはこの期の結末を想像が出来なかった。


                 ◆

おフロで。水面の下5~6㌢に手のひらを置いて。そのまま下に思いっきり下げてみる。

手を下げたその場所を中心に波紋が拡がっていく。…コレが津波現象のひとつの形態。
水深が深くなると波は消えて、逆に浅くなると波はその立ち巾が大きくなる。
東北地方の沿岸は後者のソレ。
今回の地震の被害はなるべくして成った。…それが結論。 実証した。



土塁を越えて田畑を。家を。走る車を飲み込んでいく波。 街を、ヒトを飲み込んでいく。
信じられない映像。 どこか非現実に見えて。

わたしはテレビから離れられずにいた。


2013/03/08 Fri. 22:13 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。 …眠れない夜。 

 

眠れなくて。


知った風景、街が流されていく。

かあさまの姉弟、友達が。



生きているだろうか
寒い想いをしていないだろうか



…ひょっとして。
いや、ソンナコトハ ナイ
生きてる

キット イキテル。




眠れなくて。ふとんの中でうずくまる。
《 なにか、しなきゃ 》。



2013/03/09 Sat. 13:45 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。 …できるコト。 



苦しくて クルシクテ。眠らなきゃいけないのに

眠れなくて



2日めの夕方、Sさんがやって来た。




『 大丈夫か?』。 お茶の用意をしているわたしの後ろで訊ねる
『 …大丈夫くナイ』。わたしは答える。

テレビをつける。繰り返し流されるシーン。
ソレを見ながらSさんが言った
『 俺、行ってくる 』と。
『 …今、いくことに意味があるの?』。わたしは訊ねた。
『 どうやって?これだけの被害だよ。一般道はともかく高速だって。鉄道だってダメかも、なのに 』。
Sさんは答える『 元自衛官をナメんなっ。 …とりあえず 行く。行って瓦礫を処理しなければ先が進まない 』。
わたしは訊ねた『 行くはいいよ。Sさんのスキルだったら何処でも行けるとわたしもオモウ。…けど、食糧はどうするの? あンだけの被害だよ、1週間くらい、もっとかかるかも知れないのにっ 』。『 ソレに 』。
Sさんがわたしを遮る『 でも行く 』。

しばらくの沈黙。

Sさんは続ける。『 …みんな、流されている。家も人も。なにもなくなっている。だからこそ行かなければ。彼処は今、ヒトを必要としている 』。 …わたしはなにも言えなくなった。




Sさんは 先の《 兵庫県南部地震 》に自衛官として災害派遣業務で行動した経験がある。その経験者にわたしがなにを言えるだろう。
Sさんが心配です。…だけど被災者の事を想えば コレほど頼もしいひとがいるだろうか。
わたしはあきらめて。希望をもって。彼に頼んだ『 よろしくお願いします 』と。

頷く彼。『 …そこで、だ 』。 彼は続ける『 君達に支援をお願いしたい 』。


2013/03/09 Sat. 20:02 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。 …戦闘開始。 

その夜。 ますたーが帰るのを待って作戦会議をした。

1 兵站 ( 行動に伴う全ての物資調達。運営。補給体制 )
2 開始予定日時。

決めるのはこれだけ。

…すべては彼が現地に到着してから。彼の都合に合わせての補給体制なのだから。
彼は言う『 無理のない範囲での物資調達をお願いします 』と。


わたしたちは《 彼だけを全力で 》フォローすることに決めた。彼が全力で被災地支援をできるように。

勿論、ソレとは別に 隙間的な物資支援も考えた。
アルコール ( 消毒、燃料兼用 )。
ラップ各種 ( 食品用、梱包用 )。
医療品、断熱材、ケミカルライト
生理用品。
発電用モーター( ダイナモ ) 。
太陽電池パネル。バッテリー。

嵩張る物資調達などは他に出てくるだろうボランティア団体に任せて。
そもそもアテにしては意味がないのだから。

彼はその2日後には出ていった。
彼の展開地域を確認してからがわたしたちの仕事。
Twitter、Facebookを利用して道路状況、ルートを確認していく。
運び屋はわたし。
通院日を遣り繰りしながら震災という《 敵 》との戦いが始まった。



2013/03/10 Sun. 01:42 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。 …経過。 



地図を片手にハンドルを握る。行き先はかあさまの実家。…何年ぶりだろうか。
地図と記憶を頼りに前進する。

進まない車道。目的地までまだ200㌔もあるのに。要所要所で混乱が起きているらしい。
松本から喜多方までに要した時間は17時間。曜日を挟んで明け方に到着した。
じいちゃまおばさま家族総出で出迎えてくれた。抱き合ってお互いの無事を喜んだ。
とりあえずお風呂に入れと言われて甘えさせていただいた。


お風呂をいただいて今までの経緯を聞く。
ここら辺の被害は土砂崩れ。所によっては地割れがある程度でソレホドではない、と。
親戚が住んでいる浜通り地方は総じて津波の被害が甚大らしい。
情報の質は松本でのソレとたいして変わらなかった。現地からの情報が限られていたからだ。
カラダを休めながらここに来た目的とお願いを伝えた。
此処に送られてくる物資の管理。それだけ。
今は使われていないガレージの片隅を使わせてもらえるだろうかと…もっとも事前にかあさまからお返事は貰ってはいたんたけど。

10数年ぶりの再会、自然とわたしの経過報告になった。おばさまの子供たち 前に会った時は鼻タレの幼稚園児だったのに。今は高校生。…なんかもう、ね。
当人たちの記憶ではわたしはオトコだった…ハズ? 混乱していた(笑)。イヤ、間違ってナイよ。あんたたちの記憶は正しい(笑)。
胸がいっぱいになっちゃった。



仮眠をとって夕方に出発。途中にあるホームセンターに立ち寄ってコレはというモノを買い込む。
主に医薬品と食糧、そして水。栄養補助食品に電解質飲料水。飴とチョコレート。もち米に鍋、蒸籠。箱で買えるものは箱ごと買って。
小型無線機に携帯手回し発電ライトラジオ。
乗せてあるドラム缶に軽油、灯油をいっぱいに。本来なら危険物取り扱い資格がないといけないんだけどモグリでヤっちゃった。


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現場に近付くほどに進捗率が遅くなる。結局、彼のいる現場に到着したのは15時間あと。朝の遅い時間。
彼と連絡をとって当座の物資を卸す。ソレとは別に役場に出向いて現場の避難場所の位置、規模を教えてもらい向かう。
車輌で行けるところまで。其処からある程度近い避難場所に向かい人手を募る。
瓦礫を押し退けながらの物資の押し込み。其処からまた近くの避難場所に連絡をしてもらって取りに来てもらう。

被災者といえ使えるヒトは使う。どんどん使う。その方が考え込まないからだ。これは彼から教えてもらったコト。聞いて、やってみて理解した。なるほど。


2013/03/10 Sun. 10:39 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。『 とりあえず喰え。それからだ 』。 



瓦礫を仕分ける。ブロック、石、木材・金属類。
仕分けて整理して。炊き出しの場所を確保した。
持ち込んだ灯油、軽油は使わない。なるたけ使わない。キリがなくなるからだ。
幸いでもないけど燃えるモノはそこらじゅうにある。

積めるモノを積んでかまどを造る。ブロック、れんがなど。
使えるガスコンロを発掘。プロパンボンベを回収して安全なところに纏めておく。使えるけれど危険でも在るからだ。

あれこれと指示を出していると おじいちゃんが動き始めた。…やっぱり戦時、戦後を生きてきたヒトは強いです。
あっという間に場が調って火が使える状況になった。
そうなると今度はおばあちゃん達の出番で(笑)。ほっといてももう、機能し始めた。…たくましいなぁ。なんて。


子供たちを集めて。飴を分け与える。飴とチョコレート。…こんなとき、クチにモノを入れてると幾らかでも気が紛れると聞いたから。
暗かった子供たち。幾らかでも明るくなってね。まだまだ、コレから、なんだ。
絵本に小説、サッカーボールなど。 アソビの要素、手段がナイと元気がなくなる。元気なうちは病気になりにくい、と。
コレも彼からの進言。 …なるほどなぁと思った。



板張りの床に断熱材を敷いていく。畳はともかく、床に直接には寝られない。少しでもくつろげる場所を確保するための処置。
からだの弱いご老人と赤ちゃんと親御さんはストーブの近くに。動ける人たちは外での焚き火で暖をとってもらう。
似た者同士、集まると会話ができる。できると集団生活にも幾らか余裕が生まれると。なるほど。

聞いてはいたけど。目の当たりにして納得がいった。
現地、はじめての夜。






2013/03/10 Sun. 12:34 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。座標。 


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真っ白な紙に座標を書き込んでいく。 震災犠牲者のご遺体。不思議とまとまっている。
目にはいった所だけ。キリがないしそもそも、時間がない。


2013/03/10 Sun. 15:43 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。闇  

 

厚い雲のむこうの陽がおちて闇が訪れる。

所々に灯る避難場所の灯り
その廻りにチラチラと動く灯り。 それだけ。

雲の上には満天の星空だろう。

以前のヒトの営みを
いまの瓦礫の凄惨を


闇が隠す。


ヒトの命の儚さを
残された者の心を

隠す 闇。



2013/03/10 Sun. 18:03 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。火を囲んで。 



炊き出し。品目は豚汁とレトルト御飯。
初日はこんなものだ。

温かい御飯、コレが大事。

レトルトを炊いたお湯で顔をカラダを拭く。
…やっと、一息。 煙草を燻らす。

『 …一本、貰えますか? 』。振り向くと年配のおじさま。
『 どうぞ 』一箱渡して。 『 すまんね 』。落ち着いたようだ


『 …ひどいもんだ 』。ぼそっと呟いて。
ひとしきりの 沈黙

『 ……… 』なにも言葉が見付からなくて。


煙がそらに散っていく。


瓦礫が拡がる闇に向かって ふたり。
『 もう一本、いいかね 』と。 『 そのまま、どうぞ 』わたしは薦める。

ふぅー…っと。 大きく吐いて。
『 ありがとう 』って

闇に向かって ふたり。
焚き火のまわりでは男たちが火を見詰めながら。
眼を閉じながら。

なにを想うのか



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『 長く、なりますね 』。不謹慎だけど。
『 …だな 』。おじいちゃんが寄ってきて


ふたりから3人。さらに増えていって。

夜が更けていく





2013/03/10 Sun. 18:47 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。 想うコト。 



…正直、メンヘラーなわたしにとって2年前のこの行動はわたし自身、信じられない行動でした。 だけど行動してよかったです。
Sさんはその後も 都合3回に渡って支援を行って、わたしもソレに付き合いました。
学んだこと、いっぱい有ります。
言葉にしようとするといっぱいイッパイになってしまって未だに書き込めてないんだけど。

それでも …うん。行ってよかったです。

『 現実を視て 知って、体験して。受け止めて前に進む 』。




続きます。もう少し、お付き合いくださいませ


2013/03/11 Mon. 11:30 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。 2日めの朝。 

夜が明ける。空から舞い落ちる 雪。

薪を足してお湯を沸かす。
洗顔と煮炊き用に。

3種類のワンパックレーションをソコに突っ込む。
温めたレーションを保温箱に入れて。
何時でも食べられるように

ソレとは別にもち米を蒸籠に容れて。
( レーション自体がすこしばかりカロリーオーバー気味、だったので )

きょう、此処を離れる。その前に

資材の管理をお願いしないと。
此処にはまだ、コミュニティーとしての《仕事の割り振り》が出来ていない。

此処の取り纏め役。
他のコミュニティーとの連絡、調整役。
ボランティアの受け入れ、など。

そもそも、自治体との連絡も儘ならない状態で。
病んでいる場合では ないのだから。



どうしたものかと考えながらコーヒーを点てる。
辺りに漂う香り。

瓦礫を前に思案していると起きてきたオニーサンたち
『おはようございます』。



レーションを食べながらきょう、離れることを伝えた。
此処にないもの、足りない事。
避難場所としてのコレから起こるだろう問題を予想してアタマ、と云うか
組織としてまとめ役が必要なことを伝えた。

わたしにできるコトは此処まで。


2013/03/11 Mon. 13:06 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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あの日。離脱。 



持ってきた物資。個人的な装備の使い方、扱い方・注意点を教えて半日、
時間が押している。

みんながアレコレしているうちにそっと、その場を離れた。
分からないコトはナイはず。若いヒトはともかくおじいちゃんおばあちゃんならフツーに扱えるモノだから。
若いヒトはお勉強してもらいましょう。

便利な世の中になって。 スイッチひとつで温かい御飯にありつけた日は過去。
電気がない。レンジ・オーブンの無い現場での生活は辛いだろうけど糧になる筈だとわたしは
信じる。
…そう、思わなければやりきれない。




…2年前、初回の遠征。 喜多方からそれぞれの避難場所への物資輸送は1ソーテイで3ヶ所。
彼が現場を離れるまでのソーテイは都合7回。
これが多いか少ないかは置いといて、やれるだけのコトはやったんだと思う。


あのとき、やれるだけのコトを 遣れる範囲で


わたしたちは自分の限界を知っている。だから無理はしない。
義侠心もいいけど。正義感もいいけど。
自己満足? なに言われたって結構。


やりたいから やった。それを自己満足と言うのならそれで結構。


笑顔がみえたから。のぞいたから。…だからいい。
それが見れたから。何といわれても。いいよ。



それでいいです。
学ぶことが、あったから。




助け合えること。こんなわたしでも。助けになったのなら。
それだけで 感謝 です。


2013/03/11 Mon. 23:28 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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アノヒヲワスレナイ。 



            2011.03.11 14:2 ー
              あの日をわたしはわすれない


    流されたすべての人たちを 残されて涙に咽ぶ人たちをわたしはわすれない

             … わすれない 忘れるものか


2015/03/11 Wed. 14:29 [edit]

category: あの日《 3.11 》

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  祈りに似て 



                あの日救われた命 残された命

                月灯り


                誹謗中傷 無責任な言葉の暴力
                謂れのない 理不尽 は今も続く


                     それでも

2017/03/11 Sat. 14:38 [edit]

category: あの日《 3.11 》

cm 2  tb --  
2017-04
       
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